After the Fade

堀井雄二の『取調室の小宮』——AIは工房に入り、取調室には入らなかった


堀井雄二の『取調室の小宮』——AIは工房に入り、取調室には入らなかった

21時に始まって、23時に弁護士が来る。持ち手は20。1手ごとに壁の時計が6分進む。

『取調室の小宮』は、2026年10月11日に堀井雄二氏がXで公開した、無料のブラウザ推理ゲームだ1。質店の金庫から掛け軸が一幅消え、元錠前職人の小宮(72)が取調室に座っている。プレイヤーはその前に座る側になる。

投稿の文面は短い。昔PCで『ポートピア連続殺人事件』を作ったときは、物語を考え、絵を描き、プログラムもして、ひとりで作った。今は「AIに指図するだけで、ひとりで、そこそこのゲームを作れてしまいます」。制作時間は「ほんの30分ほど」だったという1。

先に立場を書いておく。筆者はこのゲームを遊んでいない。2026年10月12日に公開ページのHTMLを取得し、ゲーム本体のスクリプトを読んだ。以下の手数や数値はそのソースから拾ったもので、遊んだ手触りではない。

本人が置いた比較は「1983年のひとり」と「2026年のひとり」だ。この記事もその比較に乗る。ただ、ソースを読むと、この比較から見えるのは「AIが何でも作れる」という話ではない。AIは制作の工房には入ったが、取調室の中には入っていない。そして、その配置は本人がここ数年語ってきた夢とは逆を向いている。

1983年の「ひとり」は、命令四つの幅だった

『ポートピア連続殺人事件』は1983年6月、PC-6001向けにエニックスから発売された2。堀井氏は2017年のインタビューで、絵も効果音もプログラムもシナリオも自分でやり、「完全に一人作業でしたね」と振り返っている2。

この「ひとり」には、もう一つ具体的な証言がある。2025年11月の講演で、堀井氏は最初にBASICを覚えたとき、命令を4つほどしか知らなかったと話した。INPUT文とPRINT文。その少ない命令で「何かを入力すると何かを答える」形で話を進めたのが『ポートピア』だった、という3。

つまり1983年の「ひとり」は、才能の話である前に幅の話だった。作り手が知っている命令の幅が、そのまま遊びの形になった。プレイヤーがキーボードで言葉を打ち込み、ゲームが答える。部下のヤスに打ち込んだ指示で事件を動かす形式は、その幅から出てきている24。

1985年11月29日のファミコン版は、移植をチュンソフトが担い、行動を一覧から選ぶコマンド選択式に変わった54。入力の自由と引き換えに、何を打てばいいか分からない詰まりが消えた。

2026年の取調室は、20手と二本のメーターでできている

『取調室の小宮』の操作はボタンだけだ。キーボードで言葉を打つ場面はない。2026年10月12日に取得したソースから、構造を表にしておく6。

要素ソースで確認した内容
持ち時間20手。21時開始、1手で6分進み、23時に弁護士が来て終了
質問話題5つ(アリバイ、三星との関係、道具、掛け軸、暮らし向き)。初回は嘘の供述が返る。同じ質問を重ねると反発+6
追加の質問「暮らし向き」の嘘を崩すと、亡くなった妻について聞ける(動揺+6、反発−8)
証拠甲1〜甲5の5点。聞いた供述にぶつけ、正しい組み合わせなら嘘が崩れて動揺+17。外れると反発+12
態度圧をかける(動揺+7/反発+14)、茶を出す(動揺+4/反発−15)、黙って待つ(動揺+5)、かまをかける(確率で成否が決まる)
調書聞いた供述の一覧。崩した供述には「矛盾」の印が付く
メーター動揺と反発の二本。開始時は動揺10、反発15。反発が100で黙秘となり終了
決め手嘘を4つ崩すと解禁。動揺が80(画面上の「自白圏」の目盛り)以上なら自白、足りなければ反発+8
評価自白時に残り6手以上かつ反発45未満でS、残り3手以上でA、それ以外はB

報道は「動揺」「反発」の二つのパラメーターを紹介しており、この表と食い違わない78。

数字を追うと、最短の道筋が見える。4つ聞き、4つ崩すと8手で動揺は78になる。目盛りの80まで、あと少し足りない。そこで黙って待つか、妻のことを聞けば越える。10手目に決め手を切れば、残り10手、反発はほぼ初期値のままでSに届く。持ち時間の半分で終わる設計だ。

証拠と話題の対応も、ほぼ一対一で見当がつく。甲1は午前0時12分の防犯カメラの静止画で、ぶつける先はアリバイ。甲4は五年前の質入れ台帳の写しで、ぶつける先は掛け軸だ。推理の手応えを測る仕組みとしては浅い。はてなブックマークで目立った「短い」「試作品的」という反応は、この構造から説明がつく9。

「圧をかける」は、数字の上で割に合わない

表の「態度」の行を読み比べると、一つ気づくことがある。

圧をかけると動揺は7上がり、反発は14上がる。黙って待てば動揺は5上がり、反発は動かない。差は動揺2に対して反発14。反発が100で取り調べが終わる以上、机を叩く選択肢は、ほとんどの局面で黙って待つより悪い。黙秘で終わった画面には、茶を出す、黙って待つ、攻め方は一つではない、という一文が出る6。

取り調べの場面で相手を怒鳴らせることへの倫理的な指摘は、反応のなかに少数ながらあった。ゲームの数値は、少なくともその点では怒鳴ることを勧めていない。これが意図した設計なのか、表示上の効果値を素直に置いた結果なのかは、外からは分からない。

数式は単純だが、台詞の側は段階で動く。動揺が35未満、70未満、それ以上で、同じ態度への反応が切り替わる。動揺が低いうちに机を叩けば「脅しか」と眉ひとつ動かさず、高くなると声が震える6。取り調べの緊張は、計算式より、この書き分けに置かれている。

台詞はすべて、先に書かれている

ソースには、小宮が言うことがすべて文字列で入っている。最初の嘘、崩れたあとの言い直し、同じ質問への苛立ち、外れた証拠への返し。乱数が使われるのは、用意された数行からどれを出すかと、「かまをかける」の成否だけだ。ゲーム本体のスクリプトに、外部へ問い合わせて返答を作る処理は見当たらない6。

AIに指図して作ったゲームでありながら、遊んでいる最中のAIはどこにもいない。プレイヤーが自由な言葉を打ち込む欄もない。1983年のPC版が開いていた入力欄は閉じたまま、選択肢はファミコン版の側に寄っている。

ここで、堀井氏自身がここ数年語ってきたことと並べる。2025年5月のComic-Con Napoliでは、AIと会話しながら事件を解くアドベンチャーがあれば楽しいだろうと話した10。同年11月の講演でも、部下と会話しながら犯人を見つける、AIが聞き込みをしてくれる、といった遊びを挙げている3。

『取調室の小宮』は、その遊びではない。AIは制作の側に置かれ、取調室の中は書かれた台詞と固定された分岐で閉じている。なぜそうしたのかを本人は語っていないので、ここからは推測になる。30分で作れる範囲として、会話を生成させるより閉じた構造のほうが確実だったのかもしれない。あるいは、プレイ中に何を言い出すか分からない相手を公開するのを避けたのかもしれない。

2023年、AIは取調室の中に入って、失敗した

後者の推測には前例がある。

2023年4月、スクウェア・エニックスは『SQUARE ENIX AI Tech Preview: THE PORTOPIA SERIAL MURDER CASE』をSteamで無料公開した。ストアの表示上の公開日は2023年4月23日で、日本時間では4月24日とする報道がある114。プレイヤーの打ち込んだ言葉を自然言語処理で解釈し、1983年版の「何を打てばいいか分からない」問題に別の答えを出す試みだった。

ストアページによれば、用意された返答のない質問にも自然な返事を生成する機能(自然言語生成、NLG)を当初は組み込んでいたが、AIが不適切な返答を生成するおそれが残るため外した。安心して楽しめる環境を研究で作れたら再導入を検討する、とある11。外した時期や経緯の詳細は、本稿では確認できていない。

結果として、決まった言い回しから少しでも外れると定型の返答に落ちる、と報じられた4。Steamの評価は2026年10月12日時点で「Very Negative」、479件中15%が好評だ11。

並べると、配置の違いがはっきりする。2023年はAIを遊びの中に入れようとして、生成する部分を外し、狭い入力欄だけが残った。2026年はAIを作る側にだけ使い、遊びの中には入れなかった。そして2027年には、FC版のフルリメイクに新しい捜査ファイル5つを加えた『続ポートピア連続殺人事件:忘却の埋葬』が、ジー・モードの発売、room6の開発で予定されている。堀井氏は原作者として名を連ねる12。この作品の開発でAIを使うかどうかの記載は、発表には見当たらない。

AIが置き換えたもの、置き換えたと言えないもの

本人の言葉に戻る。絵を描けなくても、プログラムしなくても、作れてしまう1。置き換えられたと本人が言うのは、絵とプログラムだ。1983年に一人でやっていた四つの仕事のうち、物語には触れていない。

では物語、つまり72歳の錠前職人、閉店した店、亡くなった妻、五年前の質入れという設定や、「家で寝とったよ。十時には布団に入った」という言い回しは、本人が書いたのか。分からない。「指図するだけで」という言い方は、文章もAIに任せた可能性を残している。この記事では、台詞の書き手を特定しない。

「30分」も同じだ。はてなブックマークでは、30分はシナリオの構想が先にあった前提だろう、という指摘も目立った9。構想や設計の時間を含むかどうかは本人の申告からは分からない1。ただ、少なくとも次のことは言える。1983年の制約は、作り手の命令の幅がそのまま形になることだった。2026年には実装がその制約でなくなり、残ったのは何を固定し、何を開けておくかという判断だ。20手で終わること、23時に弁護士が来ること、反発が100で黙ること、台詞を生成させないこと。その判断が誰の発案だったにせよ、選んで公開したのは堀井氏だ。

批判も、その名前に向かっている。投稿への返信には、学習データの承諾を問う声があり1、はてなブックマークにも著作権や学習データへの懸念が少数ながら並んだ9。手腕やUIへの賞賛、遊んだ報告が多数を占めるなかで、この種の指摘はツールではなく作者に宛てられている。AIが絵とプログラムを引き受けても、公開した作品への問いを引き受ける位置は動いていない。少なくとも、この週の反応を見る限りでは。

既存記事との関係

ザコシがAIに向かうときは、AIと組んで生まれた笑いの作者は誰か、と問い、答えを保留した。本稿は同じ型の問いに、別の比較対象を持ち込んでいる。堀井氏には1983年の自分という基準があり、何を自分でやり、何をやらなくなったかを本人が数え上げられる。

鳥居は壊せない——『Denshattack!』の日本は、確認の手続きでできているでは、公式FAQの「AIは使っていない」という回答と、外部の監修者や演奏者への投資を対比した。人に確認する工程にコストを配分したあの作品と、30分で一人が出した作品は、同じ年の両端にある。

ドラクエ5のモンスター仲間システムは、AIエージェント設計の雛形かもしれないは、堀井作品をAIの比喩として読んだ記事だ。本稿は比喩ではなく、作者本人がAIを道具として使った事例を扱っている。

未確認のこと

  • 使ったAIツール。公開ページはclaude.aiのアーティファクトとして置かれているが、本人は制作に使ったツールを明言しておらず、報道も特定していない178。
  • 「30分」の範囲。構想やシナリオ設計を含むかどうか。
  • 台詞と設定の書き手。本人とAIの分担。
  • 投稿にある「ブーストするボタンは押さないように」の意味。
  • 2027年の『続ポートピア』との関係と、その開発でのAI利用。
  • 英語圏での受け止め。本稿の調査範囲では英語の報道を確認できていない。
  • 公開後の更新の有無。表は2026年10月12日に取得したソースによる。

本稿の調査と下書きにはAI(AnthropicのClaude)を使った。『取調室の小宮』の公開先が同社のサービスであることを付記しておく。

参照

  1. 堀井雄二氏のX投稿、2026年10月11日19時01分(日本時間)。2026年10月12日に取得。PCで『ポートピア』をひとりで作った回想、「AIに指図するだけで、ひとりで、そこそこのゲームを作れてしまいます」、制作時間「ほんの30分ほど」、「ブーストするボタンは押さないように」という一文は同投稿による。返信欄に学習データの承諾を問う投稿があることも、同日の取得結果で確認した。本人は使用したAIツールを明言していない。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6

  2. AUTOMATON「堀井雄二」調査団 前編、2017年12月20日公開。1983年6月のPC-6001版発売、コマンドを入力してヤスを間接的に操作する形式、絵・効果音・プログラム・シナリオを「完全に一人作業」でこなしたという本人の発言は同記事による。 ↩ ↩2 ↩3

  3. ファミ通.com、2025年11月14日に韓国・釜山のG-CON2025で行われた堀井雄二氏の講演のリポート。BASICの命令を4つほどしか覚えておらず、INPUT文とPRINT文で「何かを入力すると何かを答える」形で『ポートピア』を作ったという回想、AIを使って部下と会話しながら犯人を見つけるようなミステリーができたら面白いという発言は同記事による。 ↩ ↩2

  4. AUTOMATON WEST、2023年4月24日公開(日本語の元記事は同日11時19分)。PC版がテキスト入力、ファミコン版がコマンド選択であるという整理、技術デモの公開時期、NLGを外した理由、決まった言い回しから外れると定型の返答になるという報告は同記事による。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  5. ファミ通.com、ファミコン版40周年の記事(2024年11月29日掲載記事の再編集)。1985年11月29日のファミコン版発売、開発元がチュンソフトであること、表示されるコマンドを選ぶ形式は同記事による。 ↩

  6. 『取調室の小宮』の公開ページ(claude.ai)。2026年10月12日にHTMLを取得し、ゲーム本体のスクリプトを静的に読んだ。筆者は実際には遊んでいない。持ち時間20手と1手6分、話題5つと追加の質問、証拠5点、態度4種と各効果値、動揺と反発の初期値、決め手の条件(嘘4つ、動揺80以上)、評価の条件、台詞の段階分け(動揺35・70が境目)、黙秘時の文言、外部への問い合わせ処理が見当たらないことは、いずれもこのソースによる。2026年10月12日以前に同ページを静的に読んだ調査メモでは態度を3種、メーターを矛盾・動揺・反発の3本と記録しており、本稿の取得内容と食い違う。公開後に更新された可能性と、画面上の「矛盾」の印をメーターと読んだ可能性があり、どちらかは確認できていない。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  7. ファミ通.com、2026年10月11日20時31分公開。投稿の紹介記事。小宮の「動揺」「反発」のパラメーター、反発100で黙秘、制作時間の紹介は同記事による。独立した論評ではない。 ↩ ↩2

  8. 電ファミニコゲーマー、2026年10月12日0時24分公開。投稿の紹介記事で、「生成AIを用いて制作した」と紹介している。使用ツールの特定はない。 ↩ ↩2

  9. はてなブックマーク。2026年10月12日時点でファミ通.comの記事に337 users、公開ページに226 users。反応の傾向(手腕やUIへの賞賛と遊んだ報告が多く、短さや30分の前提への指摘が次ぎ、著作権・学習データへの懸念や取り調べの描写への倫理的な指摘は少数)は、筆者側の調査で読んだ範囲の整理であり、集計ではない。個々のコメントは引用していない。 ↩ ↩2 ↩3

  10. Gamereactor、Comic-Con Napoli 2025での堀井雄二氏へのインタビュー記事。AIと会話して事件を解くアドベンチャーがあれば楽しいだろうという発言は同記事による。 ↩

  11. Steamストアページ。2026年10月12日取得。表示上の公開日2023年4月23日、NLGを当初含めていたが不適切な返答のおそれから外し、研究が進めば再導入を検討するという記載、評価「Very Negative」(479件中15%が好評)は同ページによる。評価の数値は取得時点のもの。 ↩ ↩2 ↩3

  12. 電ファミニコゲーマー、2026年9月9日公開。Nintendo Directでの発表、FC版のフルリメイクと新たな捜査ファイル5つ、2027年発売、Nintendo Switch/Nintendo Switch 2/Steam対応、発売ジー・モード、開発room6は同記事による。堀井氏の肩書きは同記事の本文では「原作・制作総監督」、引用されたリリース文では「原作・監修」となっている。 ↩