ただブラブラしていた夜を、もう一度――Mixtapeというゲームについて
ミックステープを作るには、時間がかかった。
カセットテープとラジカセを用意して、アルバムから曲を選んで、録音ボタンを押して待つ。曲が終わればまた次の曲を選ぶ。テープの残り時間を見ながら、あの曲は入るか、この曲で終わらせるか、考える。完成したテープをケースに入れて、ペンで手書きのタイトルをつけて、誰かに渡す。
SpotifyでプレイリストのURLを送ることとは、明らかに別の行為だった。録音の手間と時間が、選曲に意味を与えていた。「この曲をあなたに聴かせたい」という気持ちを、物理的な形にする行為だった。
そういうゲームが、2026年5月に発売された。
Mixtapeとはどんなゲームか
『Mixtape』は、オーストラリア・メルボルンのスタジオBeethoven & Dinosaurが開発し、Annapurna Interactiveが発売したナラティブアドベンチャーだ。1 スタジオの前作は2021年の『The Artful Escape』。音楽を軸にした体験型の物語ゲームを作り続けているチームによる、2作目にあたる。
舞台は1990年代のアメリカ。主人公のロックフォード(Rockford)は、音楽プロデューサーになる夢を抱いてニューヨークへ旅立つ前夜にいる。親友のスレーター(Slater)とカサンドラ(Cassandra)と過ごす、最後の夜。そこで三人は、1980年代に一緒に過ごした日々の記憶を辿りはじめる。
その記憶が、プレイアブルなミニゲームとして展開される。深夜にファストフードを買いに行ったドライブ。校長の家にトイレットペーパーを投げつけて警察に追われた夜。フォトブースで何枚も撮った写真。ゲームプレイとしては小さな断片だが、各シーンには固有の楽曲が対応していて、Joy Division、The Cure、DEVO、Siouxsie and the Banshees、Smashing Pumpkins、Iggy Popらの曲が流れる中で、その記憶の中を動き回る。2
怠惰さをゲームにするという逆説
ゲームディレクターのジョニー・ガルバトロン(Johnny Galvatron)は、インタビューでこんな言葉を残している。
「怠惰さをゲームで探求するのは難しい。10代というのは、ただたくさんブラブラしているものだ。そしてそれが、ときにただつまらないだけのこともある。だからこそ、そのだらだらを描いたゲームを作れたことが嬉しい」3
通常のゲームには目標がある。倒す、集める、解く、進む。プレイヤーが達成すべき何かが常にある。だがこのゲームが描こうとしているのは、特別なことは何も起きない、ただ友達と一緒にいる時間だ。ガルバトロンが参照として挙げるのは、リチャード・リンクレイターの『バッド・チューニング』(Dazed and Confused)や、『ウェインズ・ワールド』(Wayne's World)といった「ハングアウト映画」だ。目的地のない夜、目的のない会話、そのまま朝になってしまう時間。
これをゲームにするのは、難しい。面白くない時間を面白く体験させることの矛盾がある。だが『Mixtape』が選んだ答えは、「その時間をそのまま再現するのではなく、記憶として再現する」というものだった。
記憶は実際より大きかった
ゲームの中で展開される1980年代の思い出は、現実のスケールでは描かれない。ファストフードへのドライブシーンは映画のセットとして再現され、トイレットペーパーを投げつける夜はアクション映画的な追跡劇になる。記憶の中では何でもないことが、もっと壮大で、もっと輝いていた。
これは意図的な設計だ。ガルバトロンは「その瞬間の感情をゲームにしたかった」と語る。10代の記憶というのは、あとから振り返ると、実際以上に大きな意味を帯びている。あのドライブが、あの夜が、あの一言が、なぜかずっと残っている。音楽は、その記憶を呼び覚ます最も強いトリガーのひとつだ。Joy Divisionの「Love Will Tear Us Apart」を聴いた瞬間に戻る、あの場所。The Cureの「Close to Me」が流れていた夜。
『Mixtape』は、その「音楽が記憶を引き連れてくる」という体験を、ゲームというメディアで再現しようとしている。映画や小説でも同じことはできる。だがゲームには「操作できる」という特性がある。受け身で過去の映像を見るのではなく、その記憶の中に入って、少しだけ動く。ロックフォードとして、あの夜のあの場所に立つ。
それは、プルーストが紅茶に浸したマドレーヌで過去を取り戻したような受動的な回想とは、微妙に違う体験だ。記憶の中に参加する、という感覚に近い。
Annapurna Interactiveという場
このゲームをパブリッシングしているAnnapurna Interactiveは、インディゲームの中でもとりわけ「感覚と雰囲気を大切にするゲーム」を送り出し続けているパブリッシャーだ。『Flower』『Journey』『Donut County』『Stray』といった作品が並ぶカタログは、「目標を達成するゲーム」よりも「何かを感じるゲーム」を志向している。
Beethoven & Dinosaurの前作『The Artful Escape』も、10代のミュージシャンが自分のアイデンティティを探す旅を描いた作品だった。音楽、視覚的な演出、感情の旅、という軸は今作でも変わっていない。むしろ『Mixtape』では、主人公を「音楽を作る側」に置くことで、より直接的に音楽と自分の関係が問われる。
「ゲームプレイが軽い」という批評が意味すること
発売後のレビューはOpenCritic94点という高評価だった。4 一方で、一部のレビューには「ゲームプレイが軽い」という指摘もある。5
この批評は、欠点の指摘でもあり、設計の本質でもある。ガルバトロンが目指したのは、プレイヤーに難しい操作を要求するゲームではなかった。大きな選択肢も、分岐するエンディングも、積み上がるスキルツリーもない。ただ、その夜の記憶の中を歩いて、音楽を聴いて、少しだけ動く。
「ゲームプレイが軽い」というのは、このジャンルへの問いでもある。どこまで「軽く」なれば、それはまだゲームと呼べるのか。体験型インタラクティブ作品と、ゲームの境界はどこにあるのか。
ただ、10代の夏に友達と過ごした夜のことを考えると、あの時間にも「ゲームプレイ」はほとんどなかった。目的もなく、達成もなく、ただ一緒にいただけだった。それでも、何かが確かにあった。
それを「もう一度体験できるか」が、このゲームの問いだと思う。
トレーラー
Footnotes
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Beethoven & Dinosaur 公式サイト・Annapurna Interactive 発売情報。『Mixtape』は2026年5月7日、PS5・Xbox Series X|S・PC(Steam/Epic Games Store)・Nintendo Switch 2向けに発売。https://www.annapurnainteractive.com/ ↩
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Engadget, "Musical adventure game Mixtape will be ready to rock out on May 7," 2026年3月。DEVO、Joy Division、Siouxsie and the Banshees、The Smashing Pumpkins、Iggy Popらのライセンス楽曲が収録されている。https://www.engadget.com/gaming/musical-adventure-game-mixtape-will-be-ready-to-rock-out-on-may-7-200500458.html ↩
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Engadget, "The creators of Mixtape want to make a great hangout video game," ディレクターJohnny Galvatronのインタビュー。https://www.engadget.com/gaming/the-creators-of-mixtape-want-to-make-a-great-hangout-video-game-140026928.html ↩
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OpenCritic, Mixtape. 2026年5月時点で94/100(18レビュー)。https://opencritic.com/game/17266/mixtape ↩
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Men's Journal, "'Mixtape' Review: A Clever Bit of Nostalgia That's Light on Gameplay," 2026年。https://www.mensjournal.com/entertainment/mixtape-video-game-review ↩