Boards of Canada『Inferno』が戻してきた、遅い時間
Boards of Canada の新譜が出た、という事実だけでも十分にニュースになる。
けれど今回の『Inferno』は、単に「13年ぶりの復帰作」と呼ぶだけでは少し足りない気がする。Warp の公式ページを見ると、本体は18曲、さらに別立てで 1時間10分の continuous mix が用意されている。12 それは新しい音源が届いたという以上に、Boards of Canada というユニットが持っていた時間の流し方そのものが戻ってきたという印象を強くする。
以下は、Warp と Bandcamp の公式公開情報、そして ele-king の座談会記事をもとにした、リリース時点での考察である。
音の細部へ踏み込むレビューというより、いま見えている輪郭から、この新譜が何を意味しそうかを書いてみたい。
『Inferno』は、まず「まとまった時間」として出されている
公式情報で確認できるのは、まずかなりはっきりしている。
『Inferno』は 2026 年 5 月 29 日に Warp からリリースされた Boards of Canada のアルバムで、アーティストページ上でも『Tomorrow’s Harvest』(2013)以来のアルバムとして並んでいる。3 トラックは「Introit」から「I Saw Through Platonia」まで18曲。Bandcamp でも同じ曲順とリリース日が記載されていて、フィジカルとデジタル双方で展開されている。4
ただ、ここで目を引くのは曲数だけではない。
Warp は本編とは別に『Inferno (Continuous Mix)』を、1曲 1時間10分の作品として並べている。2 Boards of Canada を単曲単位のフックで消費するより、流れの中で沈んだり浮かんだりするものとして置こうとする意思が、リリースの形式そのものに出ている。
いまの音楽環境では、まず一曲、まずサビ、まず切り抜き、という入り方がかなり普通になった。
だからこそ、continuous mix の存在は地味に大きい。これは「プレイリストに入りやすいか」より、「どういう時間を一塊として渡すか」を優先した設計に見える。
ele-king が掘り起こしているのは、Boards of Canada の本質が最初から少し外れていたことだ
ele-king の座談会で面白いのは、Boards of Canada を「Warp の有名ユニット」とだけ処理せず、当時のエレクトロニック・ミュージックの主流から少し外れた存在として置き直していることだ。5
記事中でも語られているように、1990年代後半の Warp 周辺では、複雑な構造、複雑なリズム、実験性の高さが前に出やすかった。
そのなかで Boards of Canada は、構造の複雑さよりも、色褪せた音像、霞んだテクスチュア、ヒップホップにも近い遅めのビート、そして説明しにくいサイケデリアを前へ出していた。ele-king の議論を借りれば、彼らの音楽はノスタルジーというより、存在しない過去に向かう感覚や、ホーントロジーに近い時間のねじれを鳴らしてきた。
ここはかなり重要だと思う。
Boards of Canada は、ただ懐かしい電子音楽を作っていたわけではない。子ども時代、自然、教育映像、60年代的サイケデリア、失われた未来、そうしたイメージを混ぜながら、どこにも実在しない記憶を作ってきた。その気配があったからこそ、彼らの音は「癒やし」だけでなく、少し怖かった。
新譜『Inferno』を考えるときも、この基調は外せない。
13年ぶりに戻ってきたからといって、彼らが急に「近況報告をするアーティスト」になったわけではない。むしろ、いまもなお、現実そのものより現実に薄く被さる別の時間を扱うユニットとして戻ってきたのだと思う。
サイケデリアとホーントロジーを、Boards of Canada の文脈で言い換える
ここでいうサイケデリアは、単に音がトリッピーだとか、色彩感覚が万華鏡的だという話ではない。
むしろ 見慣れた現実の輪郭が少し信用できなくなること、記憶や知覚がそのままではなく、ねじれや混線を含んで立ち上がることに近い。The Skinny の Music Has the Right to Children 回顧は、Boards of Canada の記憶表現を「単純なバラ色の過去の再演ではない」と整理し、記憶は可塑的で不確かで、見たものや聞いたものや後から作った物語と混ざり合うと書いている。6 その意味で彼らのサイケデリアは、陶酔の拡張というより、記憶が意識を静かに攪乱する感じにある。
ホーントロジーも、難しい言葉のまま受け取る必要はないと思う。
それは、もう過ぎ去ったはずのもの、実現しなかったはずの未来、名付けにくい過去の気分が、現在からきれいに退場せず残留しつづける感覚のことだ。The Guardian は Boards of Canada の音を、Svetlana Boym の言う「もはや存在しない、あるいは一度も存在しなかった故郷への憧れ」に結びつけていた。7 だから彼らの音楽は、現実の過去を忠実に再現するのではなく、あったかもしれない時間にいま触れてしまう不気味さを鳴らす。
この二つは、Boards of Canada ではほとんど分けがたい。
サンプルされた声、少し溶けたようなシンセ、教育番組や公共映像を思わせる気配、自然と人工のどちらにも寄り切らない風景。それらが組み合わさると、知覚は少しずれ、同時に「失われたものに取り囲まれている」感じが生まれる。サイケデリアが知覚の揺らぎを作り、ホーントロジーが時間の揺らぎを作る、と言ってもいい。
『Inferno』というタイトルは、牧歌への回帰ではなさそうだ
ここでは、音を勝手に想像しすぎないようにしたい。
ただ、公開されているタイトル群だけを見ても、『Inferno』が単純な回帰作ではなさそうなことは感じられる。
アルバム名そのものが『Inferno』で、曲名には「Naraka」「Memory Death」「Blood In The Labyrinth」「All Reason Departs」「You Retreat In Time And Space」「I Saw Through Platonia」といったものが並ぶ。1 一方で「Father And Son」「Acts Of Magic」「Into The Magic Land」のように、寓話や童話を思わせる語も混ざる。
少なくともタイトルの水準では、ここにあるのは『The Campfire Headphase』的な自然回帰の牧歌だけではない。
むしろ、幼年期、魔術、地獄、迷宮、記憶の死、時間からの退却が同じ束の中に置かれている。これはずいぶん Boards of Canada 的でもある。無垢なものへの憧れと、その無垢さが最初から失われている感覚が、最初からひとつだったからだ。
ele-king の座談会でも、彼らのノスタルジアは「存在しないものへのノスタルジア」だと整理されていた。5
その読みを借りるなら、『Inferno』というタイトルは、過去へ戻るというより、戻ろうとしてももう戻れない記憶の奥へ降りていく感じに近いのかもしれない。
小規模な批評圏を見ても、この読みは補強される。
musicOMH のレビューは『Inferno』を 70 分の没入的な作品として捉えつつ、「Father And Son」の不穏な声の処理を mutant digital psychedelia と呼び、「Blood In The Labyrinth」には強いホーントロジーの感触があると書いていた。8 The Skinny のレビューも、この新作を18曲に分かれながらひとつの continuous suite と見なし、暖かなノスタルジアより、より鋭く不穏な質感が前に出ていると捉えている。9 つまり『Inferno』は、昔の Boards of Canada が持っていたサイケデリア / ホーントロジーを繰り返すのではなく、いまの時代のざらつきに合わせて更新している可能性が高い。
個人ブログに近い批評の言葉では、何が見えていたか
純粋な「Boards of Canada の個人ブログ・レビュー」を多く掘り当てるのは難しかったが、個人ブログに近い批評の言葉として重要なのは、Simon Reynolds の Blissblog だと思う。
2006年の投稿で Reynolds は Ghost Box 周辺を論じながら、こうした音楽が associational triggers と bygone aura によって動く memoradelic machine だと書き、「nostalgia for the future」という言い方で、失われた公共圏や分岐しなかった未来への感覚を言い表している。10 これは Boards of Canada そのものを論じた文章ではないが、後に彼らやその周辺を語るときに使われる語彙の、かなり生々しい現場だ。
この言い方を借りると、Boards of Canada の音楽が起こしていることも見えやすい。
彼らは昔の音を再現しているのではなく、過去の断片に触れたときに起こる連想そのものを作曲している。だから懐かしさはあるのに、安心はしきらない。むしろ、懐かしさの内部にある不安や空白まで一緒に鳴ってしまう。『Inferno』という題名が地獄や迷宮や記憶の死へ寄っているのは、その不安成分をこれまでより前へ出すという宣言にも見える。
いま Boards of Canada が戻る意味は、速さの外にある
Boards of Canada の新譜がここまで大きな出来事に見えるのは、作品間隔が長いからだけではない。
この13年のあいだに、音楽の流通はさらに速く、短く、断片的になった。曲はまずおすすめ欄に出て、ショート動画で切り取られ、文脈より先に一部分だけが反復される。そのなかで Boards of Canada が象徴してきたのは、むしろ逆の聴き方だった。
彼らの音楽は、すぐ説明できるフックより、じわじわ空気を変える質感のほうに重心がある。
派手な「ここが聴きどころ」より、全体が少しずつ気温を下げたり、景色の色を変えたりする。だから本来、タイムラインで一瞬つかまえるというより、ある程度まとまった時間を預けるほうが合っている。
今回、album と continuous mix の両方が正面から並んでいるのは、その意味でも象徴的だ。
Boards of Canada は新譜を持って戻ってきただけではない。音楽をひとつの環境として聴く態度まで、いっしょに戻してきたように見える。
それは懐古趣味とは少し違う。
「昔はよかった」というより、いまの速さの中ではこぼれ落ちやすいもの――遅さ、曖昧さ、連続した気分、説明しきれない余白――を、もう一度前景化する身振りに近い。
『Inferno』の価値は、名盤更新かどうかより、時間をまた奇妙にできるかにある
もちろん最終的には、音がすべてだ。
『Music Has the Right to Children』や『Geogaddi』や『Tomorrow’s Harvest』との比較も、ほんとうは聴いてからしか始まらない。どれだけ暗いのか、どれだけ開けているのか、どれだけ古い Boards of Canada に近く、どれだけ違うのか。そこは実際の聴取を抜きに断定すべきではない。
それでも、リリース時点でひとつ言えることはある。
『Inferno』は、ただカタログに新しい1枚が加わったという出来事ではない。Boards of Canada という名前が、もう一度、私たちの時間感覚を少しずらす装置として動きはじめた、ということだ。
だからこの新譜に期待したいのは、昔の名盤を更新することだけではない。
いまの耳にとって、時間をまた少し奇妙にできるか。過去でも未来でもない場所へ、いまの感覚をしばらく連れていけるか。Boards of Canada の新譜を待つというのは、たぶんそういう種類の期待だったのだと思う。
参照
Footnotes
-
Inferno by Boards of Canada | Warp。リリース日、18曲の曲目、各曲尺を参照。 ↩ ↩2
-
Inferno (Continuous Mix) by Boards of Canada | Warp。1時間10分の continuous mix として別リリースされていることを参照。 ↩ ↩2
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Boards of Canada | Warp。アーティストページのディスコグラフィと動画一覧を参照。 ↩
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Inferno | Boards of Canada | Bandcamp。リリース日、販売形態、曲順、2026年表記を参照。 ↩
-
ボーズ・オブ・カナダが登場してきた背景 / ボーズ・オブ・カナダのサイケデリア、ele-king。Boards of Canada の登場時の文脈、サイケデリア、ノスタルジア / ホーントロジーをめぐる議論を参照。 ↩ ↩2
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As Boards of Canada's debut album turns 20, we take a closer look at how Music Has the Right to Children is more relevant now than ever before、The Skinny。記憶の可塑性、幼年期イメージ、サンプルの使い方、単純なノスタルジアではないことの整理を参照。 ↩
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Boards of Canada: Tomorrow's Harvest – review、The Guardian。Boards of Canada の「memory and loss」の語り方と、Svetlana Boym によるノスタルジアの定義を参照。 ↩
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Boards Of Canada – Inferno、musicOMH。『Inferno』の没入性、声の処理、"mutant digital psychedelia"、"Blood In The Labyrinth" のホーントロジー的感触、全体作品として聴くべきだという評価を参照。 ↩
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Boards of Canada - Inferno: album review、The Skinny。18曲だが continuous suite として機能すること、暖色のノスタルジアより鋭く不穏な質感が前面化していることを参照。 ↩
-
nostalgia for the future、Simon Reynolds, Blissblog。Ghost Box 周辺の音楽を "memoradelic machine" と呼び、「nostalgia for the future」をめぐる個人ブログ的な批評語彙を参照。 ↩