After the Fade

証言が先に海を渡った——『日本前衛派の開拓者』が日本に着くまでの16か月


証言が先に海を渡った——『日本前衛派の開拓者』が日本に着くまでの16か月

上映歴を年表にすると、地名より先に没年が目につく。

『日本前衛派の開拓者』(原題 Japanese Avant-Garde Pioneers)が、2026年11月7日に日本で公開される。会場はシアター・イメージフォーラムほか全国順次。監督はロンドン在住のフランス人、Amélie Ravalec1。

先に立場を書いておく。筆者はこの映画を見ていない。日本公開前で、試写にも参加していない。手元にあるのは海外の上映主催者が出した作品情報、英国の映画データベース、英語圏の批評、監督と製作会社の公開情報、関連書籍の版元ページ、そして日本の配給プレスに由来する報道だけだ。だから編集のリズムにも画質にも、自分が見たこととしては触れない。

それでも、この作品がどこを通って日本に着いたかは、いま調べられる。

完成から日本公開まで、約2年

英国の British Council が運営する UK Films Database には、この作品のクレジットが残っている。上映時間100分、製作年2025年、フォーマット4K。監督・編集が Amélie Ravalec、製作は英国とフランスの Circle Time Studio、共同製作に日本の Whatsopp Inc. と Maaserhit Honda、録音 David Crane、音楽 Gregory Dombrowki。セールスは製作会社自身が兼ねている2。

上映の記録を並べるとこうなる。

  • 2025年5月1日 — Dazed が監督インタビューを掲載3
  • 2025年7月16日〜8月3日 — Fantasia International Film Festival(モントリオール)で上映4
  • 2025年7月18日18時 — JAPAN CUTS 2025(Japan Society、ニューヨーク)。ニューヨーク・プレミア、監督Q&A付き5
  • 2025年9月25日 — 関連書籍 Japan Art Revolution(Thames & Hudson、320ページ)刊行6
  • 2025年10月2日19時30分 — Arnolfini(ブリストル)7
  • 同年内 — Bertha DocHouse(ロンドン)で上映、監督Q&Aと書籍サイン会
  • M+(香港)シネマでも上映
  • ARTE、Sky Arts UK、ORF(オーストリア)が放映権を取得8
  • 2026年11月7日 — 日本公開

Japan Society のクレジットは製作年を2024年としており、British Council と日本の表記は2025年になっている52。どちらを取るかで前後するが、完成から日本公開までおよそ2年、世界の観客が最初に見てから日本の劇場までは約16か月ということになる。

日本の前衛を撮った記録が、日本に来るのが最後だった。

その16か月のあいだに

登場するのは存命の当事者だ。日本の配給プレスは横尾忠則、田名網敬一、細江英公、森山大道、荒木経惟、川田喜久治、石内都の名を挙げ、寺山修司と土方巽については膨大なフッテージと画像を使ったとしている1。British Council のシノプシスには粟津潔の名もある2。

赤みの強い粒子の粗い写真。手前に前髪を切りそろえた若い女性がピントを外れて大きく写り、奥の鏡の中でカメラを目に当てた男性がこちらを撮っている。左手に提灯、背後の壁に手書きの札が並ぶ
赤みの強い粒子の粗い写真。手前に前髪を切りそろえた若い女性がピントを外れて大きく写り、奥の鏡の中でカメラを目に当てた男性がこちらを撮っている。左手に提灯、背後の壁に手書きの札が並ぶ

画像掲載元:British Council UK Films Database の作品ページ(filmsandfestivals.britishcouncil.org)。同データベースが本作の representative image として掲載しているもの。画像の権利は製作者に帰属します。作中のどの章にあたるか、誰が撮った写真かは同ページに記載がない。

このうち何人かは、もういない。

田名網敬一は2024年8月9日に、細江英公は2024年9月16日に亡くなっている。二人とも本作にインタビューで登場する。つまり撮影は2024年の夏より前に終わっており、作品は二人の死後に完成し、公開された。

Dazed の2025年5月の記事は、細江と、写真史家の金子隆一(2021年没)について「since passed away」と書き、田名網についても公開前に亡くなったと記している3。金子隆一の名は、日本の配給プレスが出した登場者リストには入っていない。同じ記事は渡辺眸もインタビュー対象として挙げているが、これも日本語の紹介には見あたらない。

監督自身が、そのことを制作の動機として語っている。荒木経惟を撮ったときの年齢を84歳とし、対象の多くが80代で「残された窓は小さかった(only a small window left)」と述べている3。

ここで慎重になっておきたい。本作が田名網や細江の「最後の証言」なのかは、確かめられない。個々のインタビューがいつ撮られたかは公開されていないからだ。言えるのは、二人の死去より前に撮影され、死後に公開された証言を含む、というところまでだ。それ以上を書くには監督か製作会社に確認するしかない。

それでも、上映地が北米からヨーロッパ、香港を経て日本へ移動していく16か月と、証言者の名前に没年が付いていく時間が、同じ長さのところで重なっている。この作品の場合、公開の順序は流通の都合というより、記録が間に合うかどうかの問題に近い場所にある。

日本語版の本は、まだない

2025年9月25日、Thames & Hudson から Japan Art Revolution が出ている。320ページ、600点を超える図版6。映画と対になる、英語圏向けの決定版だ。

日本語版は、検索した範囲では見あたらない。ただしこれは「出ていない」ことの積極的な証明ではなく、見つからなかったという消極的な証拠にすぎない。刊行予定があるかどうかは版元に確認する必要がある。

とはいえ、いま確実に言えることはある。この題材について最も分量のある資料は、2025年9月の時点で英語で出ていて、日本語ではまだ手に入らない。映画も本も、日本の前衛を扱いながら、日本語の読者と観客に届くのがいちばん遅い。

配給は35年目の会社で、公開はその月にあたる

日本での配給は株式会社オンリー・ハーツ。日本の報道は本作を同社の創立35周年記念ドキュメンタリーとして紹介している1。

同社の会社案内によれば、設立は1991年11月1日。所在地は東京都千代田区麹町、資本金3,000万円、代表取締役は奥田真平、事業内容は映画配給とDVD販売9。

1991年11月に設立された会社の35周年は、2026年11月にあたる。公開日の11月7日は、その月のなかにある。周年記念という言い方は宣伝文句として流されやすいが、この場合は日付が正確に合っている。

なお本作の日本公式サイト(zenei.onlyhearts.co.jp)は、本稿執筆時点で閲覧できていない。HTTP では403が返り、HTTPS は接続自体が成立しない10。そのため日本公開版の上映時間、日本語字幕の有無、「全国順次」の具体的な劇場名と時期、上映素材の仕様は確認できていない。公開までに解消される可能性が高いので、見に行く前にあらためて確認したほうがいい。

数字が揃っていない

この作品をめぐる数字は、出典によって食い違っている。そのまま書いておく。

上映時間は、Arnolfini、Japan Society、British Council がいずれも100分としているのに対し、日本の報道の一部は約105分としている2571。日本公開版に何か加わっているのか、単なる表記の差なのかは分からない。

製作年は、Japan Society が2024年、British Council と日本のクレジットが2025年52。

制作にかかった年数は、日本のプレスが6年としているが、Dazed の記事のなかで監督自身は5年と述べ、コロナ禍による遅延に触れている13。

そして13章の構成——第二次世界大戦、写真、三島由紀夫、PROVOKE、森山大道、荒木経惟、緊縛、暗黒舞踏、パフォーマンスアート、寺山修司、アングラ、横尾忠則、田名網敬一——と、ニューヨーク・グッゲンハイム美術館およびロンドン・テート・モダンの学芸員が登場するという情報は、日本の配給プレスだけが出典で、海外の一次資料では裏が取れていない1。

ついでに言えば、日本語の記事そのものが独立していない。映画ナタリー、映画.com、CDJournal、CINRA はいずれも2026年9月17日前後に出ており、内容も監督コメントもクレジット表記も一致している。配給の同じプレスリリースに由来するとみるのが自然で、独立した二つの出典としては数えられない1。内容について独立した記述があるのは、いまのところ英語圏の批評と監督インタビューのほうだ。

ポスター展とは、別のことを見ている

粟津潔と横尾忠則の名前は、この媒体では既に出ている。2026年に国立映画アーカイブで開かれた「再訪 日本の映画ポスター芸術」展を扱った記事で、1960年代から80年代の映画ポスターを匿名の広告物ではなく独立したグラフィック作品として読み直した11。関連書籍 Japan Art Revolution の装丁も、横尾と粟津のデザインを参照していると紹介されている。

重なりは浅くない。だが見ているものは違う。ポスター展が扱ったのは物として残ったポスターで、本作が扱うのは同時代を生きた人間の口述だ。前者は時間が経っても現物が残る。後者は残らない。その差が、本稿がここまで書いてきた時差の話に直結している。

「再評価がまだ来ていない運動」を外から読み直すという型そのものは、この媒体でヌーヴェル・ヴァーグを扱ったときに一度使っている12。本作もその型に乗っている。違うのは、再文脈化の担い手が日本語を母語としない外国人であることと、その成果が英語圏で先に本と映画として出て、日本語ではまだ揃っていないことだ。

見に行けるのは11月7日から。それまでに日本公式サイトが読めるようになっていれば、上の未確認はいくつか埋まる。

出典

  1. 映画.com、2026年9月17日。日本公開日2026年11月7日、シアター・イメージフォーラムほか全国順次、監督 Amélie Ravalec、制作6年、13章の構成、登場者(横尾忠則、田名網敬一、細江英公、森山大道、荒木経惟、川田喜久治、石内都)、寺山修司・土方巽のフッテージ、グッゲンハイムおよびテート・モダンの学芸員のコメント収録、上映時間約105分、株式会社オンリー・ハーツ創立35周年記念作品という位置づけは同記事による。同日前後に映画ナタリー(11時00分)、CDJournal、CINRA も同内容を報じており、内容・監督コメント・クレジット表記が一致することから、配給の同一プレスリリースに由来するものとみて、本稿では独立した複数出典として扱わない。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7

  2. British Council が運営する UK Films Database の作品ページ。上映時間100分、製作年2025年、フォーマット4K、監督・編集 Amélie Ravalec、製作 Circle Time Studio(英・仏)、共同製作 Whatsopp Inc.(日本)および Maaserhit Honda、録音 David Crane、音楽 Gregory Dombrowki、セールス窓口 films@circletimestudio.com、およびシノプシス中の粟津潔への言及は同ページによる。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5

  3. Dazed、2025年5月1日。制作にかかった年数を5年とする監督自身の発言、コロナ禍による遅延、細江英公および金子隆一(2021年没)を「since passed away」とする記述、田名網敬一が公開前に死去したこと、渡辺眸がインタビュー対象に含まれること、荒木経惟の撮影当時を84歳とし「only a small window left」と述べた制作動機は同記事による。本稿の日付フックのうち、日本のプレスと食い違う数字はこの記事に由来する。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  4. Asian Movie Pulse による Fantasia 2025 上映時のレビュー。Fantasia International Film Festival の会期は2025年7月16日〜8月3日。Fantasia 公式の作品ページは本稿執筆時点で404を返し、同映画祭での上映日および本作がワールドプレミアであったかどうかは確認できていない。確実に確認できる初上映の表記は Japan Society の「New York Premiere」のみである。 ↩

  5. Japan Society(ニューヨーク)の JAPAN CUTS 2025 上映ページ。2025年7月18日18時、ニューヨーク・プレミア、監督Q&A付き、製作年 "2024"、上映素材 DCP・カラー、「English and Japanese with English subtitles」の表記は同ページによる。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  6. Thames & Hudson の製品ページ。Japan Art Revolution、2025年9月25日刊、320ページ、600点超の図版。日本語版の存在は検索した範囲では確認できず、これは刊行されていないことの証明ではない。 ↩ ↩2

  7. Arnolfini(ブリストル)の上映ページ。2025年10月2日19時30分、上映時間100分、出演者リスト、製作 Circle Time Studio(UK/FR)と共同製作 Whatsopp Inc.(JP)の記載は同ページによる。ロンドンでの上映は Bertha DocHouse で行われており、本作のヨーロッパでの上映をロンドン初上映として扱わない。 ↩ ↩2

  8. Amélie Ravalec 公式サイトおよび作品公式サイト japanavantgarde.com。ARTE、Sky Arts UK、ORF による放映権取得、M+(香港)シネマでの上映、Bertha DocHouse での監督Q&Aと書籍サイン会は同サイトによる。 ↩

  9. 株式会社オンリー・ハーツの会社案内ページ。設立年 1991年11月1日、所在地 東京都千代田区麹町3-12-3 トゥガ麹町ビル2階、資本金 30,000,000円、代表取締役 奥田真平、主な事業内容 映画配給/DVD販売、関連会社 株式会社アスク出版・有限会社めいふぁず(2026年9月18日確認)。設立が1991年11月であることから、創立35周年は2026年11月にあたる。 ↩

  10. 日本の作品公式サイト zenei.onlyhearts.co.jp は、2026年9月18日時点で HTTP アクセスに対し403を返し、HTTPS では接続が成立しない(同ドメインは443番ポートで応答しない)。配給の会社サイト onlyhearts.co.jp は HTTP で閲覧できる。このため日本公開版の上映時間、日本語字幕の有無、全国の劇場名と公開時期、上映素材の仕様は本稿では未確認である。 ↩

  11. 本サイトの既出記事「匿名の広告から作品へ——再訪 日本の映画ポスター芸術」。国立映画アーカイブでの同展(2026年4月7日〜7月26日)を扱い、粟津潔と横尾忠則を名指ししている。 ↩

  12. 本サイトの既出記事「ヌーヴェル・ヴァーグとは何だったのか」。「再評価がまだ来ていない運動」を、安価な機材を手にした最初の偏執的な消費者世代として読み直している。 ↩