三週間で、三つの扉が閉じた——ゲーム保存は誰が担うのか
発売の熱が引いたあと、ゲームはいったい誰の手で生き延びているのか。2026年の夏、その問いに対する答えが、三週間ほどのあいだに三つの方向から一斉に細くなった。
日付だけを並べてみる。6月16日、EUの欧州委員会が、販売終了後のゲームを遊べる状態に保つ義務を出版社に課すことを見送った。7月1日、Sonyが新作PlayStationソフトの物理ディスク生産を2028年1月で終えると発表した。そして報道によれば7月3日、ドイツ最大のゲーム保存機関ICS(Internationale Computerspielesammlung)の株主総会が、全会一致で機関の閉鎖を決めた。
法制度、商業流通、公的アーカイブ。作品が「終わったあと」を支えうる三つのルートが、ほぼ同時に、それぞれ別の理由で閉じかけた。
これは連動ではない。だから怖い
先に留保を置いておきたい。この三つは、因果でつながっているわけではない。EUの判断がSonyを動かしたのでも、Sonyの発表がICSを潰したのでもない。担い手も、動機も、国も違う。偶然、同じ夏に重なっただけだ。
ただ、連動していないからこそ、同じ一つの穴が見えてしまう。もし三つが連鎖反応なら、最初のドミノを止めれば済む話だった。そうではなく、無関係な三つの制度が、それぞれの都合で同じ時期に手を引いた。つまり、どの制度も最初からゲーム保存を自分の仕事だとは思っていなかった。三つの出来事は、その空白を別々の角度から照らしている。
以下、三つの扉を一段ずつ開けてみる。
扉①:法は「不釣り合い」と言った
EUの一件は、市民発議から始まっている。「Stop Killing Games」——販売終了後にプレイ不能になるゲームへの規制を求めるキャンペーンは、欧州市民イニシアチブ(ECI)として約129万筆の署名を集めた。制度上、欧州委員会はこれに正式回答する義務を負う。
6月16日の回答は、明確な「ノー」だった。プレイ可能状態の維持を法的に義務づけることは「不釣り合い(not proportionate)」であり、知的財産権、企業の機密情報、サポート終了後のセキュリティ上のリスクなどを理由に挙げた。委員会が示した代替案は、業界による自主的な行動規範(voluntary code of conduct)で、2027年ごろの策定が見込まれている。強制力を伴わない「努力目標」だ。
キャンペーン側は矛を収めていない。運営は「戦いは続く」と表明し、立法の窓口を欧州委員会から欧州議会へ移した。45名の欧州議会議員(MEP)が立法を求める照会に署名し、審議中のデジタル公正法(Digital Fairness Act)への修正条項として保存要件を差し込む道を探っている。
ここで確認しておきたいのは、法が拒んだのは「保存」そのものではなく、「事業者に保存を強制すること」だという点だ。負担を誰に負わせるか、という問いに対して、EUは「事業者ではない」とだけ答えて、では誰が、には答えなかった。
扉②:ディスクという救命ボートが片付けられる
7月1日、SonyはPlayStation公式ブログで、2028年1月以降、新作PlayStationソフトの物理ディスク生産を終えると発表した。理由は数字で語られている。過去1年、PS4/PS5のフルゲーム購入のうち、ほぼ5本に4本(約80%)がすでにデジタルだったという。2028年より前に発売された作品のディスクは引き続き入手できる、とも添えられている。
消費の実態を追認しただけ、と読むこともできる。実際、多くのプレイヤーにとって手触りの変化はないだろう。だが保存という一点から見ると、ディスクには一つ、代替の効きにくい機能がある。配信サーバが止まっても、ディスクは物として手元に残る。ストアが閉じ、ライセンスが失効し、ダウンロードができなくなった作品が、中古ディスク一枚で生き延びた事例は現に積み重なってきた。
その救命ボートが、新作については2028年で作られなくなる。「所有」から「ライセンス」への移行が、ここで一つの完了点を迎える。買ったはずの作品のプレイ可能性が、プラットフォームの存続に従属する。物理媒体という、制度に頼らず個人の本棚で保存が完結する最後のルートが、静かに細くなる。
扉③:公金が引くと、六万本が散らばる
三つ目は、いちばん具体的で、いちばん物質的だ。

ベルリンのコンピュータゲーム博物館(Computerspielemuseum)。ICSはこうしたドイツのゲーム文化保存の連携のなかにあった。写真:Assenmacher(Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0)
ICSは、世界最大級の一般公開可能なゲームアーカイブを目指したドイツのプロジェクトだった。カートリッジ、フロッピー、CD、DVD、Blu-rayと媒体をまたぎ、6万点を超えるタイトルに加え、マニュアルやパッケージ、ハードウェアまでを収集していた。背後には、Stiftung Digitale Spielekultur、ベルリンのコンピュータゲーム博物館、USK、ポツダム大学のゲーム研究拠点(DIGAREC)といった、ドイツのゲーム文化を支える名前が並ぶ。
そのICSが、閉じる。ベルリン州とドイツ連邦政府(文化・メディア担当)による約150万ユーロの公的資金が2026年4月末で途絶え、恒久機関化の提案は州の経済当局に「持続可能でない(unviable)」と判断された。報道によれば7月3日、株主総会は全会一致で機関の終了を決めた。
問題は、そのあとに起きることだ。Time Extensionの報道では、物理コレクションは「それぞれの所有者に返却される」という。移管ではなく、返却。つまり、一つの場所に集められて公開されていた六万本が、元の持ち主のもとへ再び散らばっていく。電子アーカイブの行き先は、法的・技術的な検討待ちで未定のままだ。集めるには十年単位の労力がかかり、散らすのは決議一つで済む。保存とは何よりまず「集めておくこと」だと、この非対称性が教えてくれる。
公式が閉じると、負担は名もなき手に落ちる
三つの扉が閉じるたび、負担はどこへ行くのか。答えは、この夏より少し前にはっきり出ていた。
コミュニティ運営の保存サイトMyrientは、390TBに及ぶゲームデータを抱えながら、2026年3月31日での閉鎖を表明した。理由は生々しい。寄付が運用コストに追いつかず、運営者は月6,000ドルほどを個人負担していた。追い打ちをかけたのが、AIデータセンター需要によるRAM・SSD・HDD価格の高騰だ。保存の話が、半導体の需給という、まったく別の力学に押し潰されかけた。
そこで動いたのがコミュニティだった。「Minerva Archive」——2026年2月27日に立ち上がったボランティア主導のプロジェクトは、世界中の数百人でダウンロードの負荷を分散し、3月12日までにMyrientの全データを100%バックアップしたと報告している。単一のサーバと単一の運営者と単一の毎月の請求書に依存する構造を、意図的に解体して分散させた設計だ。No-IntroやRedumpのコレクションはInternet Archiveにも重複して残る。
これは称賛すべき話であり、同時に危うい話でもある。合法性の評価は国ごとの著作権法によって割れ、ボランティアの熱意と可処分時間に支えられた運用がいつまで続くかは誰にも保証できない。グレーゾーンの民間コミュニティが、事実上の「国立図書館」の役割を代行している。公式のルートが閉じるたびに、負担は制度から個人へ、名前のある機関から名もなき手へと落ちていく。
本と映画は、なぜ違うのか
比較の視座を一つ置きたい。書籍には、多くの国で法定納本(legal deposit)の制度がある。出版されたものは、国立図書館などに一部を納める。誰かの善意ではなく、法律が保存を担う。映画も、国立のフィルムアーカイブが収集・保存の責任を負う枠組みを持つ(国立映画アーカイブのフィルム保存の仕事については別稿で書いた。1910年代の日本映画の現存率は推定0.2%とされ、制度があってなお失われるものは膨大だ)。
ゲームは、多くの国でこの枠組みの外にいる。書籍や映画と同じ文化的所産でありながら、法定納本の対象として明確に位置づけられている例は乏しい。理由の一端は、ゲームが「本」でも「映画」でもなく、ソフトウェアであり、ハードウェアであり、サーバであり、ライセンスでもある——保存対象として一枚岩でないことにあるのだろう。実行環境ごと保存しなければ「遊べる」状態を維持できない、という難しさが、制度の腰を重くしてきた面はある(と思われる)。
だが、難しさは、担い手が要らない理由にはならない。むしろ難しいからこそ、個人や善意に丸投げできない。書籍と映画がたどり着いた「保存は公共の仕事だ」という合意に、ゲームだけがまだ届いていない。この夏の三つの出来事は、その未達を、偶然の同時性というかたちで露わにした。
次に閉じかけている扉は

PlayStation 5。新作のディスク供給終了は2028年1月。写真:Ryan Bennett(RyGuy222)(Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)
三つの扉のうち、二つはすでに閉じた。EUの法制化は当面ない。ICSの六万本は散らばりに向かう。残る一つ、Sonyのディスク終了は、2028年1月という日付が予約されているだけで、まだ閉じきってはいない。
だから問いは開いたまま閉じるのが正しい。次に閉じかけている扉は何か。答えの候補は、たぶん一つではない。物理媒体の終焉、公的資金の縮小、ストレージ価格の高騰、そして「これは誰の仕事か」という宙づりの問い。
発売の熱が引いたあと、ゲームは誰の手で生き延びるのか。2026年の夏、その答えは「ほぼ無給のボランティア頼み」に、いったん収束した。それが持続可能でないことは、当のボランティアたちがいちばんよく知っている。持続可能な答えを用意する責任は、扉を閉じた側に残っている。
参照
- Physical disc production ending in January 2028 — PlayStation.Blog
- Germany's Largest Video Game Preservation Effort To End — Time Extension
- Stop Killing Games says 'the fight goes on' after European Commission rejects proposed rule changes — PC Gamer
- Video Game Preservation Archive Myrient Has Been "100% Backed Up" By The Community — Time Extension
- MiNERVA Archive
- 映画を残すとは、何をすることか——国立映画アーカイブの仕事