After the Fade

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の黄色いコートを覚えている

映画; プロジェクト・ヘイル・メアリー; SF; 美術
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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の黄色いコートを覚えている

farsite の「母の観たプロジェクト・ヘイル・メアリ―」を読んで、映画の感想にはまだこういう入口が残っているのだと思った。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、どうしても設定を語りたくなる作品だ。アンディ・ウィアー原作の映画であり、太陽エネルギーを奪う未知の原因、科学知識だけを武器にした任務、宇宙船の孤独、地球規模の危機がある。観終わったあとに、軌道、生命、エネルギー、翻訳、協力の話へ向かうのは自然だと思う。

けれど、リンク先の日記で残るのは、そこではない。宇宙の色と、ライアン・ゴズリング演じるグレースの黄色いコートだ。大きな設定を支える論理ではなく、画面の中で目に入った色、人物の輪郭、衣装の少し奇妙な手触りが、映画の記憶として先に立つ。

これはかなり大事な見方だと思う。SF映画は、設定がよくできているほど、観客を設定の話へ連れていく。だが映画の時間は、説明だけでできていない。黒い宇宙に差す暖色、冷えた地球側の画面、黄色いコートが人物を浮かび上がらせる感じ。そういうものも、物語を運んでいる。

科学的な納得と、画面の記憶は別の層にある。でも、別々に働いているわけではない。もしグレースという人物が、理屈だけでなく、少し野暮ったく、少し可笑しく、しかし見失えない身体として残るなら、その一部は衣装や色の仕事だ。

設定を語れる作品ほど、設定以外の仕事を見落としやすい。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』について、黄色いコートを覚えている人がいる。その事実だけで、この映画がちゃんと映画として届いていることがわかる。

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